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平凡な契約社員すらクビになった高卒40代の引きこもり+次世代経営=年商800倍のぐうたら社長

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はじめまして。

個人事業に潤いと爆発力を提供する
ぐうたら社長こと片桐一樹(かたぎり いつき)です。

大好きな犬とひとり一匹暮らし。
引きこもりなのに本当は外遊びが好きな43歳です。

社長になったのはただの成り行きで
実は今でもたったひとりで会社を経営しています。

底辺生活の極貧個人事業主だった私に転機が訪れたれのは2013年。

次世代型 時短利益倍増をほぼ自動で経営する

という

一見あり得ないような
でも今大きく稼いでいる人はみんな知っている
裏事情ともいうべき経営法との出会いがきっかけでした。

その頃の私はとにかく個人事業からの稼ぎが少なく
超極貧社会最底辺生活を余儀なくされていました。

足りない分を稼ぎに出ようにも
引きこもりをこじらせて体を壊した身分では
家から一歩外へ出ることもままならず・・・。

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目の前にある、ネットに繋がったパソコンを見つめて

「私はここから、これを使って稼ぐしかないんだ」

とひとり言い聞かせたものでした。

しかし個人事業一本で身を立てることの厳しさといったら・・・。

全国の個人事業主のみなさまを
心から尊敬したものです。

まったくと言っていいほど立たない売上では
ひとり暮らしの生活費すらままならず
とりあえず路頭に迷わないための家賃と
かわいいかわいい犬の食費を捻出したあとには
自分の食べ物はほとんど買えません。

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頬はこけ、栄養不足でギスギスになった髪は
とうとう激しく抜けるまでになり。

洗面所の鏡で胸やわき腹どころか
背中にまであばら骨が浮き出ているのを見たときには
さすがに戦慄が走りました。

「あぁ。この文明国家ニッポンでも
 餓死ってできるんだなぁ」

などと、なかばもうろうとした頭で思ったものです。

しかし、ろくに散歩にすら行けない私にずっと寄り添って
いつも楽しいことがあるかもと
期待に目を輝かせて私を見上げ続けてくれているu
犬のうたのすけだけは殺してなるものか
私の気持ちはその一点に集中していました。

そのためには
大事な大事なこの子を生かし
楽しい人生(犬生?)を送らせてあげる
ためには
私がここでくたばっているわけにはいかないんだと
なんとか自分をふるい立たせては
せめてめ犬の食事の質だけは落とさなくてすむようにと
自分はますます食べずに過ごす日々でした。

もう恐ろしいほどにギリギリでしたね。

あの頃のことを思い出してみても
どうして生きながらえていたのか
今でも皆目見当もつきません。

何しろ一週間に一度
食べ物を口にするかしないか

なんてことが常でしたから。

まったくひどい話ですが
お風呂になんか入らないんですよ。
上下水道代がもったいないから。

自分の食費が月に二千円か三千円。
犬の食費が一万円。

冷蔵庫に有機肥料で育った新鮮な肉はあるけれど
全部犬のものだ。

そんな生活でした。

何より恐ろしかったのは
まさか自分がそこまで落ちぶれるなんて
これっぽっちも考えなかった
こと。

契約社員としてのんきに働いていても
数か月に一度は海外旅行に行けるような
わりと優雅な生活を送っていたんですよ、これでも。

派遣・契約社員という形態で働くようになったのも
好きなときに海外の友人を訪ねて旅行に行きたかったから。

ふだんの暮らしが質素なら
パスポートに毎年5、6個スタンプが増えていくような
遊び方をしていても
いざというときの蓄えは自然と増えていたんです。

だから派遣切りなどといって世の中が大騒ぎになっても
備えをしていなかったのなら自己責任
くらいに冷酷に考えていました。

それが大間違いだったということを
神様はあんな形で突きつけてくるとは
自分が働けなくなってみるまで
まったく夢にも思わなかったのです。

私が契約社員の仕事をクビになったのは
あとから思えば引きこもりのあらわれでした。

当時は理由がまったく分からなかったけれど
すでにいえから出ることが苦痛になっていた私は
無意識にわざと仕事でヘマをすることで

「家に閉じこもっていたいんだ!」

という自分の欲求を
遠回しに満たしたのだと思います。

そして雇われて働くことができなくなった私は
副業だった個人事業で食べていくことを余儀なくされたのです。

私の場合は引きこもりでしたが
働けなくなる事情なんて
数え切れないくらいある
と思います。

病気だったり、ケガだったり。

今どんなに元気でバリバリ働けている人だって
明日には病院のベッドにくくりつけられているかもしれません。

自分の体調管理を完璧にしていたところで
今の世の中、突然解雇されるなんてことや

お得意様からの注文が前触れもなく打ち切られることも
すっかり珍しいことではなくなりました。

本当に
いつどんな理由で

働けなくなる

のかは
もう誰にもわからない時代に
私たちは生きています。

ですから私が社会最底辺の極貧生活の中

「いつか事業を軌道に乗せることができたら
 その方法を余すところなく
 仲間の個人事業主のみなさんにお伝えするんだ」

と心に強く誓ったとしても
不思議ではないでしょう。

今から思えば
なんとどこまでものんきなのかと
自分でもあきれるほどですが。

けれど本当に生きるか死ぬかの瀬戸際でしたから

「ここから生きて帰れたら○○するんだ」

的に夢を思い描いたことも
まぁまぁうなずけるかな、とも思います。

さてそんな私がとうとう
次世代型の経営を目の当たりにする機会が
ある日突然やって来るわけです。

それは一通のメールからはじまった

当時の私は
次々と送られてくるメールの文字を追うのも
しんどいほどに衰退していました。

何しろ体の弱り方といったら

「あぁ。
 まばたきするにも体力って使うんだ」

と思い知るほどでしたから。

私としては直接稼ぎにつながらないような駄文に
回せる体力などまったくなかったのです。

そんな私がふと目に止まって開いたメール。
それがすべてを変えるはじまりでした。

そこにはある新進気鋭の起業家の
経営コンサルタントが無料で受けられると書かれていました。

自分のダメさ加減では選考ではじかれるだろう、
ダメで元々だ、と申し込むと
数日後には社員さんから日時を決めるための電話が。

信じられない幸運に感謝をするのもつかの間、
全身の毛が逆立つような不安に襲われました。

「東京までの交通費はどうしよう」

それに、引きこもりをこじらせて寝たきり状態になっていた私が
どうしてそこまで行くのだろうかと考えると
血液が最後の一滴まで凍りつくように思えました。

それでも与えられたその機会にすがりつく以外に
私に選択肢はありませんでした。

頭の中で記憶をたどり
狭い部屋のどこに何があるか、
動きの予行演習を何度も繰り返しながら
残された数日を昼も夜もなく
部屋中の小銭をかき集めて過ごしました。

ようやく何とか交通費を作り出すと同時にまた
十分な体力も温存しなければいけません。

寝ては起き、小銭をいくらか見つけると倒れ込み、
しばらく休めば今度は資料の準備と
目まぐるしく充実をして
今思い出しただけでも気分が悪くなるような
辛くてきつい数日間でした。

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